scrap’s blog

If you like water, you already like 72% of me.http://scrap.hatenadiary.com/entry/2018/12/06/175608

キチガイ

グルチャでの投稿で

「あなたは発達障害で、気狂いだと職場や周りの人が思っているから、友達も彼女もできないのだ」と言われショックだった

というものがあった。 

 

言われた方は文面通り大変ショックを受けたようで、その後鬱症状が強くなるたびにその発言を思い出すらしい。

 

友達も彼女もいない。または少ない。

僕も当てはまります。

でもそれは気狂いだからだろうか?

 

 

僕は面と向かって気狂いと言われたことはないけど、「あいつはバカじゃけん」と陰口を叩いている現場に出くわしたことならある。

信頼を築き始めている友達と思っていたので、当時は相当ショックだった。

でも今はまんざら外れてはいないと思う。

バカの意味が違うのかもしれない。バカでいることは楽しいことです。

 

でもそれが「気狂い」だったらどうだろう。

バカには考えようによっては良い意味合いも多少はあるけれど、気狂いは棘のある“悪口”でしかない。

良い方向に考えようのない悪口は心に留まるだろう。

 

 

だけども、仮に本当に気狂いだったとしても、それを面と向かって指摘する相手も相当品性が欠如しているように思う。

むしろ本当の気狂いに対しては、おそらく言わないだろう(何をされるかわからないので)

悪口として“気狂い”を使える相手を選ぶ・・・自分より劣る弱者を狙い、マウンティングをとりたいだけなのかもしれない。

気狂いと指摘されるのは、気分を害することではあるが事実ではないと思える。

 

また、“職場や周りの人が思っている”という言葉も引っかかる。

往往にして「周りのみんなが思っている」というのは単に相手の感覚だけで、別にアンケートをとったわけじゃない。

つまり周りの人もそう思っているという、相手の主観だ。

要するに、相手が“直接自分が言っているわけじゃないのよ、私は代弁しているだけ”という建前を作っておきたいだけだ。

それはなぜか。

“悪口”を言っている自分という像をぼかしたいだけ、責任の所在を自分から他の多数に振り分けたいだけだ。

 

 

要するに、やっていることは小学生の悪口と大して変わらない。

棘のある言葉にショックを受けるかもしれないけど、「いい大人が」と哀れんでやるのが正解かもしれない。

 

僕は悪口が心をよぎった時、反射的に我が身を振り返ります。

その悪口を、僕がいう資格があるだろうか。

たいていの場合、僕も大なり小なり似たようなもので、結局その悪口は封印されてしまいます。

悪口を言われる方と言う方は、大なり小なり似た者同士なんじゃないでしょうか。

同族嫌悪ってやつ?

だから思う。「相手も大概だから気にすんな」って。

 

あークスリが回ってきて思考に影響が出てきているようです。

明日は機上の人。

今日はお休み。