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scrap’s blog

If you like water, you already like 72% of me.

発達障害に関する記事がトップに掲載されていたから読んで見た。

(書き終わって・・・いやこれ、自分で書いておいてアレだけど極端過激すぎるわ・・・汗 あー嫌悪感罪悪感、そして吐き気orz)

 

言いたいことわかるような、気がする。
というか、懐かしい感じがする、といったところかな。

そういう精神状況、そういう考えに至る経緯、その心情・・・確かに身に覚えがあるから。

 

だけど

できる個体もいるが、能力や環境に恵まれた場合のみである

は、僕個人として不当に評価されているようで不愉快だ。

 

今、僕は定職について、毎日の不自由に悩み疲れながらも何とか自立を維持している。

この今が、単純に僕の能力によってもたらされたとか、たまたまそういう会社にありついたとか、そういうタナボタ的な認識でいるなら改めて欲しい。

 

これまで(バイトを含めて)どれだけの種類の仕事をして来たと思っているんだ。
どれだけの履歴書を書き、どれだけ面接で嘲笑され、どれだけ帰りに通りかかる橋から飛び降りたくなったことか。

環境に恵まれたんじゃない、恵まれなかったからもぎ取りに行ったまで!

 

能力についても同様。

前にも書いたけど、あれが出来ないこれが出来ないなんて認識しているなら、そのまま放置してグダ巻いているのは滑稽だ。

具体的に「できない」を認識しているなら、迂回する工夫をすれば良いだけの話だ。
(職歴から僕はコレに長けているようです。また障害により本質的にできないことは、そもそも「できない」とすら認識できないものと、個人的には考えています)

 

結果的に得た自立を維持するために、過眠や不眠と嘔吐と拒食と円形ハゲとヘルペス口内炎と胃痛と不整脈とめまいと閃輝暗点と偏頭痛、恐怖と不安と、泣き叫ぶ思いで毎日を乗り越えていくんだ。

 

それもリアルに味方なんていない。ぼっちさ。
孤高なんてかっこいいものじゃない。孤立だよ。

ああそうさ。他人だって怖いさ。
予定がなければスマホだって切るしインターホンも改造してOFFにしてる。

仕事はしゃあないからマックスブーストパワーで乗り切るけど、体力精神力をガリガリすり減らすから、帰ってきた途端ばたんきゅうなんてよくあること。

ひどけりゃ夕食も食べずにそもまま翌朝まで眠りこけるんだ。
休日なんて洗濯するだけ。残りの22時間寝続けることだってある。
夢に逃げてんだよ。
(逆に全く寝れないときは日中が夢うつつに終わる。ミスる。窮地に立つ)

そんなこんなで気がつけばBMI16台。平均体重-20kg近い鶏ガラになんて体力なんて残されていない。
こう書いてはアレだけど、いつ病気になったっておかしくないような状態だよ。

 

それでも僕は、誰に後ろ指さされても死ぬまで生きると決めたんだ。

無職?ホームレス?凍死するまで雑草とミミズとカエル、そしてスズメを食って生き延びてやるよ。
(・・・食したことはすでにあります)

 

「恵まれてる」

そんな安っぽい一言で丸め込まないで欲しいね!

 

 

でもね。
本当に、彼の気持ちはよくわかる。

頑張っても頑張っても、頑張るだけじゃ周りに追いつかないんだ。

こちらが100%で回していても、定型は70%も出していない。余裕が違う。
これは、何かあった時の応用力に差が出る。
いっぱいいっぱいオーバーヒートな僕は挙動がヘンになりそれに対応できないのに、定型は+10%ほどの出力でやりのけてしまう。

キリキリ舞いで疲れ果て、アフターの誘いを断らざるを得ない。んで、「付き合いの悪いヤツ」の烙印を頂戴する。
いやいや、行きたいよ?普段迷惑かけているのを知っているから、友好的にいたい。でももう真っ白なんだ。
帰りの車、最後まで運転できずに途中のコンビニで眠りこけることだってあるくらいなんだ。
無事に帰ったって、運転中の記憶がないんだよ。ドア開けて車に入りキーを回したと思ったら、気がつけばドア開けて車から降りてるんだ。時代を先取り自動運転システムだよ。

みんなスーパーマンだよ。超人だよ。さすがだよ。

そんな周囲に追いつけない自分に嫌気がさしたさ。
今でもだいぶ引きずっていて他人が怖かったり異常に自信がなかったりするんだ。

こういう意見も、こういう場でしか表現できないチキンですよ。
そしてもう十分自分自身こそ最低だと刷り込まれましたよ。
焼き込まれた烙印は、そんな簡単には消えませんて。

そんなだから、わかる。

“わかる”と言っちゃあ言い過ぎかもしれないけど、十分心中お察しします。

 

今ある僕は、これまでの僕の結果だと思う。誰だってそうでしょう。

僕が僕を律する技術を手に入れたことを「恵まれた」と思われるかもしれない。

 

でも、僕がその技術を獲得できたのは、関連業に入社したことがあるからだ。
入社できたのは、その前数カ月間に渡りボランティアを続けたからだ。
ボランティアをするきっかけになったのは、スポーツ少年団でそういう子と接したことがきっかけだ。
スポーツ少年団で行なっていたスポーツは、僕が保育園の頃、いじめられっ子だった僕自身がやりたいと言い出したことらしい。

 

あくまで、僕が行動した結果として獲得したものだ。
逆に言えば、僕とて何も行動していなければ、今も彼のように悩み考え続けていたのかもしれない。

体だって、万全なときの方が少ない。
でも今の自立は、事故で死にかけてICU入りしても無理して最短復帰するくらい、字のごとく命がけで守っている。
これからもそのつもりだ。自立してやっていきたきゃ働くしかない。
行動し続けなければ機会なんてないんだ。

恵まれないなら、もぎ取るまで場を回し続けるしかないんだ。
僕はそうした。

だからこそ、行動なく「nekは(タナボタ的に)機会に恵まれたから」とされるのは、少し違うのではないでしょうか。

 

定型を基準に作られた社会では異端分子

これは僕も似たようなことを書いた。

同じように考える人はやっぱりいるんだね。

そう、嫌でもその社会で生きていかなければならないんだ。
わかっているならなおのこと。

ならやるっきゃないでしょう。
できなくても、踏みにじられても、日本に居たいなら。

安楽死は楽かもね。

定型が築き上げた社会に馴染む苦しみも、自分を死に追いやる苦しみも味わうことはない。

僕も以前はあっちに行きたかった人だ。
こう書くとアレだけど、的確に確実にあちらに行く方法なんていくらでもあるよね。

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カッターでこんなくらい刺したところであちらには行けない。血はすごい出るかもしれないけど。痛いだけだ。これはもう10年以上前の傷だ。

でも、大概の人はそうしようともしない。
(彼は別なようだけど)

 

全ての人が楽してアレコレしようとしているわけじゃないのは知っている。
(とはいえ、障害を掲げて楽しようとしている人も残念ながら一定数いる。たいして知識経験もないのに“障害者”を量産している医師すらいる、らしい)

ただ、今の苦しみから逃げ切りたいだけだよね。

僕は死ぬまで死にたいくらいの苦労をすることは、すでに覚悟したよ。

死ぬ気でやればできる!なんて良いもんじゃない。
ダサくても土臭くても、苦労するために泣き続けるために妬み続けるために、みっともなく生きる。恨まれ疎まれ砂かけられても生きる。それだけのこと。

晴れて虹の橋を渡るそのとき、そういう生き方もまんざら悪くはなかったと、ちょっと現世を振り返る気になれたなら万々歳さ。

 

 

と、ここまで勢いに任せて書いてしまったわけだけども。

こんな僕からしてみると、あれだけ読みやすい文章を書けていながら「無能」と自己評価しているのが信じられません。
(こんな僕の文章より随分まともです)

視野を広く持ってもらえるよう、何か良い方法を見つけられるよう、願うばかりです。

彼が彼なりの最適解を見つけられますように。