scrap’s blog

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思い出の小箱

僕は記憶力がちょっとアレだ。

まず覚えらんない。
人の名前、物の名前、地名、ランドマーク、予定、・・・そして思い出。

人の名前も物の名前も忘れたって構わないのだけど、思い出を忘れるのは少し寂しい。

・・・と思ったのかどうなのかは知らないけど、いつしか僕は思い出のかけらを保存するようになった。

 

人からして見ればただのゴミだろう。

レシート。
ジッポライター。
タスキ。
エアライフルの照準器。
紙切れのメモ。
小石。
何かの破片。
折り込まれた短い手紙。

そういったガラクタだけど、たまに(落ち込んだときとか)それらに触れた。

 

埃が積もった蓋を開く。
箱を覗き込み、漂う幻想のような懐かしい匂いに包まれながら思い出に触れる。
匂いとともに、ありありとその時が頭の中で再現される。

まるで自分自身の存在を確かめるような安心感が、そこにはあった。
蓋を閉じ、元あった場所に押し込む頃には「まだ、やってみよう」と謎の自信を得ていた。

 

・・・のだけども、実は一度処分された。

上記のジッポライターや照準器など、それまでの大半は失われた。
もっとあったのだけはずど、存在を思い出せるのは上記くらい。

 

今あるのは、小さな小さな紙箱に収まるくらいのものだけ。

保存したい出来事がなかなかないのか、デジタルに依存して残らないのか。
(先日ハードディスクに保存した写真を全て吹っ飛ばした)

どちらかはわからない。

 

せっかく保存したものも、鮮烈な彩りがあったはずのそれまでの品物に比べると、どうしても見劣りしてしまう。

それが寂しい。

 

女々しいけどね。