scrap’s blog

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生活保護を受けた1ヶ月間

約1ヶ月分、生活保護のお世話になったことがある。

色々言われている生活保護だが、とても助かった。

 

今住んでいる市には働くために越してきた。

内定(といっても非正規雇用だけど)は障害者枠の前提で、4月から働く予定だった。

 

障害者手帳の申請は12月にしており、交付を待っていたのだ。

交付は約1ヶ月でされるようだ。

 

2月。交付されない。

この頃には手帳待ちの会社から催促され始めたが、少し伸びているようですと報告し時間を稼ぐ。

働く意思があることを少しでもアピールするつもりで、すぐ働けるよう市内会社徒歩圏内に移住もした。

無職期間がたたり貯金は少ないが、なんとか部屋を借り、ほぼ自力で越す。

独力で引っ越すために、最小限以外のものは全て捨てた。

狭い部屋に少ない家具家財。

熱烈に家賃の安い強烈な寒さの部屋で、訪れるべき春を待つ。

 

3月上旬。交付されない。

度重なる会社からの催促に、なんどもなんども変わらない現状を報告し、平謝りする日々。

進捗を聞こうと、関係各所に電話をし(苦手なんて言っていられない)、出向き、「ウチではわからない」「個人情報だから教えられない」と追い返される日々。

交付されないなら交付されないでいい。

それなら会社に電話をかけ、報告し、辞退を申し出る。

そのほうがずっと気楽だった。

 

3月中旬。交付は未だされない。

すでに手順を省略し、前倒しで採用手続きを進めてくれていた会社からは「もう待てない」とさえ言われてしまった。

事がスムーズに進んでいれば、4月1日の雇用に先立ち研修として働いていたはずだった。

打てる手は全て打てただろうか。

自分自身の予定が不明瞭な以上、これまでバイトをして凌ぐこともできなかった。

もともと少なかった貯金も風前のともしびだ*1

電話を受けた夜、不覚にも泣いてしまった。

 

一通りなき終えた後、ふたつの決心をした。

ひとつは生活保護を申請すること。

もうひとつは知事宛に手紙を出すことだ。

内容はどちらとも大差なかった。

12月に手帳を申請したこと。
交付に1ヶ月程度かかると説明されたこと。
4月から働く予定があり移住してきたこと。
考え付く限り進捗を確認しようとしてきたこと。
予定がわからずバイトですら働けないこと。
手帳交付が伸びに伸び内定がなくなりそうなこと。
(知事宛には「交付されないならされないでいいから、結果を早く知りたいということ」、各担当名+名刺コピーもプラス)

ほとばしる感情を抑えつつ、できるだけシンプルに伝えようと努めた。

 

それから 〜。

生活保護の申請は、噂に聞く「水際作戦」に結構怯えながら挑んだ。

実際、足も声も震えていたほどだ。

前の晩に散々シミュレーションしたプレゼンの中身が失われていく。

しかしあっけないほど簡単に申請が通った。

逆にとても親身に対応していただけた。

初めて手にする小切手の重みに心から感謝し、少し安堵した。

 

知事宛の手紙は思いついただけで、正直なところ特に変化は期待していなかった。

ところがわずか1週間ほどで返信が届いた。

A4リサイクル紙2枚に印刷された手紙には、

手続きが滞って迷惑をかけすまない
手続きが遅れた理由は診断書を書いた医師と連絡が取れなかったからだ
現在承認済で発行の段階に入っている
間も無く連絡が行く手はずなので少し待ってほしい

というような事が書かれていた。

即「こういう経緯なので可能ならもう少し猶予を頂きたい」旨を会社に連絡。
会社には「上司説得するので早めにお願いします。頑張れ」と謎のエール付きで了承して頂きました。
(ちなみにこのとき対応してくれた社員は採用後の上司となります:残念ながら後に転職され僕も転職してしまいましたが、彼が残っていたならまだ彼の下で色々学びたかった)

 

それからさらに約1週間。

ついに交付の通知が届く。

すぐに受け取りに行き、コピーをとりその足で会社へGo。
小1時間ほど手続きと会社案内を受け、昼食をご馳走になり解散。

無事、翌日から働き始められました。

知事からの返信からすぐの出来事でしたが、たまたまタイミングがあったのか知事パワーだったのかはわかりません。

一応返信不要とした上でお礼の手紙を送り、その後生活保護も廃止の手続きをしました。

 

ちょっと時系列が曖昧だけど、こんな感じでした。

生活保護が必要ならば、申請して構わないと思う。

必要な人誰でも受けられる仕組みを悪用さえしなければ。

当時の僕は、別に保護が物的支給でも文句はなかった。

家賃と通信費、「経費」に計上できそうないくばくかのものを除けば、十分だった。

たとえ毎日役所にその日のパンと牛乳を取りに行くようなシステムでも、十分だった。

保護申請をした日、とりあえずぶんの生活費として貸付された5000円を手に、久しぶりに1日2食目の食事をとったのだから。

 

生活保護問題が取り上げられるとき、耳を疑うような金額や使い道が報道されるのをみて疑問に思うところがある。

多くは言わない。

けれど僕の住む地域では、年間数千億円もの大金が生活保護に使われている。

これは途方も無い金額だ。

*1:次回家賃分くらいしか残されていなかった