scrap’s blog

If you like water, you already like 72% of me.

何を考えているかわからない

よくそう言われる。

うん、わかる。わかるよ。

 

僕は知的・発達障害児の通所・入所施設で4年ほど働いていたことがある。

僕自身がアスペだと判明する前の話だ。

周りは専門学校や短大、大学で学んできたスタッフばかり。
僕は数カ月のボランティアを経て入った半端者。

その知識の違いに脱帽することが多かった。

しかし、実際の支援に関しては、先進的な知識豊富な若手より、「まずは人としての躾ありきだろう?」と言っていた定年間近の古株の方に共感した。

支援には様々な技法があるのだが、それにはまず利用者さんを評価し理解する必要があった。

若手は利用者さんの行動を理解できずにいることが多かったように思う。

僕からしてみれば、明らかに適さない方法が選ばれることもあった。

僕はなんとなくだけども、利用者さんのキモチがわかる気がした。

具体的には言い表せない。

だって言語的なものではないから。

 

普段考えるとき、日本語を使う。

「考える」という動作をするときはそうするもの、と小さい頃から刷り込まれてきた結果だろう。

ただし、それ以外ももちろんある。

僕の場合は、なんもない真っ黒な空間にカラースプレーするような色、ラジオのような断片的な音、感覚に焼きついた匂い、過去の一瞬の光景。予感に近い、そんな感じのイメージだ。

これを言語に結びつけるのが非常に難しい。

健常者と呼ばれる人たちはコレに長け、あらゆる情報を区分し紐付け、整理しているという。

例えば僕がスムーズに話せないのは、言語の結びつきが弱く、返答(イメージ)を言語化しづらいからだろうと思う。

聞き取るときも同様だ。あらかじめそれに結びつく言葉を想定できなければ聞きちがえるのは誰しも経験のあることだと思うが、その想定の範囲が極端に狭い。

結果、話すことも聞くことも、全力で挑むことになる。疲れる。

 

蛇足だけど、だからと言って仕事に影響があるわけじゃない。

仕事って雑談でない限り話す内容や方向性は決まっているからね。少し改変されたテンプレートを織り込むまでが大変だけど、それが済んでしまえばイレギュラー以外は対応できます。

普段の生活会話も、ほぼテンプレート。

ただし流動的に流れる終着点のわからない雑談は、本当に苦手です。

 

話は逸れたけど、考えてはいる。

考えが読めないのは、考え方があなたの想定外だからだと思う。