scrap’s blog

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発達障害者ってどのような待遇を受けるべきだろう?

 

この記事は全ての人の考えを否定するものではなく、ただの僕の心の中の疑問です。
(もちろん程度によっては、ってものもあります)

 

発達障害の子を持つ親にとって、その子というのはどう捉えられているのだろう?と思うことがある。

・色々構造化している
・無理のない範囲でやらせている
・親も勉強してより理解をするべき

なんというか、「子どもの将来を見据えて」行うべき行動が、「障害者を持つ子どもを受け止め一生懸命頑張っている私すごい」行動に見える人がちらほらいる。気がする。

 

いや、どの親御さんも頑張り始めたスタートラインは「子どもの将来を見据えて」だったとは思う。

「私すごい」の人も当然そうだっただろうし、現在進行形でそう思っているだろうからこんなこと書くと激昂するだろうな。

 

でも自信満々に公開している構造化の内容を見る限り、その子の世界を狭めているようにしか見えないこともあるんだ。

例えば物を定位置に置くようにしたとしよう。
今後自立した時、誰がその場所を決めるのか。

必要とされるのは定位置に物を置いて「できた!偉いね!」の満足ではなく、この先新しいものが増えることに対しての応用力を何とかして獲得することではないだろうか。

詳しくは書けないけど。

 

次に書くことは正解とはとても言えない。

僕は怒声と体罰と、劣等感と罪悪感の中育ってきた。
成人するまで発達障害だということに、親を含めて知らなかったためである。

当然療育や支援なんてない中、足りない頭で自分なりに考えた。
周りを追い越すことは無理でも、追いつく方法を。

体力の続く限り粘り、倒れ。精神をすり減らすまで挑み、寝込み。
何度も未来に失望し、何度か死を考えたほどだ。

そのお陰か、今は偏屈なりに自立した生活を送れている。*1

 

仮に僕の親が「私すごい」だったらどうなっていただろうと思うとゾッとする。

倒れるくらい頑張らなくていいよ。無理しないで休めばいいじゃない。

庇護してくれる何者かがいるのであれば、それでも良いかもしれない。

だけど現実で一人立とうとしたなら身を挺して守ってくれる“味方”より、場合によっては揚げ足をとったり引っ張ったりする“敵”の方が多いかもしれない。この辺りは親御さんがたのがよく知っているんじゃないかな。

 

親御さんだっていつまでも子供を庇護するわけにもいかないのは分かっているはず。

僕は自信を持って言える。もし仮に僕が庇護されてきていたなら、きっと今頃ニートだ。*2

子どものそんな未来を願っている親なんていない、と信じたい。

自立したなら、社会に踏み込んだなら、それまでにない我慢や苦労を強いられることになるのは明白だ。

それに対する抵抗力や対応力を身につけさせるのが、「子どもの将来を見据えて」行う支援なのではないだろうか。

 

自信満々に公開しているあなたの支援は誰のためのものですか?

 

*1:もちろん、対人恐怖・不信などをメインに後遺症もばっちり残っているが

*2:知人に極めて近い特製の自称高機能自閉症がいるが、彼は両親の厚い保護のもとニートに励んでいる

今週のお題「私の癒やし」

 

はてなブログで知り合った、大切な友達がいる。

 

口を閉ざしいいたいことも言えない現実だけど、

ここ最近の中では一番いろんなことを話している。

まだまだ浅い話ばかりかもしれない。

まだまだどうでもいい話ばかりかもしれない。

 

でも、それでも聞いてくれる。

返事を書いてくれ、励ましてくれる。

それだけで、僕は何度もなんども救われている。

それだけで、僕は「独りじゃない」と言える。

 

いつか本当の相談をしたい。

深刻な相談ではなく、幸せに近づく相談を。

いつか本当の声を聞きたい。

そして本当の声を聞かせたい。

 

こんな話をしたらなんて思うだろう?

それで終わりになったらどうする?

こう言えば寂しい限りだけど何故だろう?

そうならないと確信のようなものが芽生えつつある。

 

ただ、今確実に言えるのは。

彼女に感謝しているということ。

今の僕にとって一番の癒しであるということ。

それは間違いないと強く言える。

 

ありがとう。

君がくれる「また明日」に応えよう。

より良い明日になるよう頑張り続けるよ。

君にも良い「また明日」が来ますように!

 

ああなんてこった

雨はこんな風に降るの

藍は絹に水玉

愛はこんな風に終わるの

始まりだともいうだろう

 

ああなんてこった

ああ、会いたいんだ

 

雨はこんな風に降るの

藍は絹に水玉

愛はこんな風に終わるの

始まりといったお前

 

鳴らせならせならせ

 

 

12日に何が起こった?汗

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こんなブログでも読者様もいるようですし、ブログって何が起こっているかわからん。

 

 

先日、Coccoのアルバムを買いました。

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http://mora.jp/package/43000005/VICL-64753_F/

 

絢香ハイレゾ音源はノイズ感が皆無で素晴らしかったですが、こちらは若干のノイズ感があります(個人の感想)

録り直した感じでもなさそうな印象ですから、マスターから再加工したものなのかな?
(K2HDのような表記はありませんでしたが)

 

ともあれ、もともとCoccoが好きなのとmsBerryDACの音が素晴らしくて、気にならないですけれどね!

なかなか活力が戻らなくて困る。

筋トレを中断してからはや数週間。

やるべきと決めたことをやらないこともストレスになります。

 

ところでこの間地元に住んでいる家族がきました。

本当は母姉甥姪が来るはずだったけど、諸事情で母甥だけが来ることに。

 

当日は2時から14時間働いていましたが、年に数回もないし顔を見せに行きました。

 

で、母甥には夕食をご馳走し、

ハロウィンとワニが好きな姉と、絵本が好きな姪には・・・

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お土産を買って持って帰ってもらいました・笑

 

・・・ぬいぐるみってお高いんですね、初めて知った・・・苦笑

シューパロ湖

水の向こうに消えるこの道はどこに続いていたのだろう。

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遠くに見える鉄橋も、今やかろうじて水面に姿を浮かばせる。

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枯れ果てた道のむこうに真新しい橋がかかる。

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全てが廃れた色の中、色彩を放つ鉄橋に目がいく。

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紅葉は、もう終わりかけていた。

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学校跡地のその道に想いを馳せる

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全体的に暗めの色調になったのは、ホワイトバランスの設定が狂っていたせい。

ちゃんとした現像ソフトが欲しいです。

でも今回は、もの寂しげな感じになってよかったのではないでしょうか?苦笑

 

2枚上の妙に明るいのだけiPhone撮影です。

 

大丈夫?と聞くと、多分君は大丈夫と答える。

頑張っている君を知りながら、頑張れと励ます。

優しさも下心も、言葉にはできない。

君を知りたくて近づきたくても言葉にはその力はない。

だけどこれしか知らないんだ。

 

大丈夫?

無茶してない?

力になれることはない?

 

君が元気でいることが、僕の励み。

表現が下手な僕だから、鬱陶しく思っているかもしれないね。

君の心を慮るような言葉は紡げない。

それでも僕は何度でも何度でも同じ間違いを犯すのでしょう。

だけどそうするしかないんだ。

 

元気出して。

なるようになるさ。

明日はきっといい日だよ。

 


なごり雪